『マイナス・ゼロ』広瀬正
1945年の東京。空襲のさなか、浜田少年は息絶えようとする隣人の「先生」から奇妙な頼まれごとをする。18年後の今日、ここに来てほしい、というのだ。そして約束の日、約束の場所で彼が目にした不思議な機械 それは「先生」が密かに開発したタイムマシンだった。時を超え「昭和」の東京を旅する浜田が見たものは?
失われた風景が鮮やかに甦る、早世の天才が遺したタイムトラベル小説の金字塔。
裏表紙あらすじより
マイナス・ゼロ:どんな話?
昭和20年5月25日。東京大空襲の日。
東京に住む浜田俊夫は中学二年生だった。
父は6年前に中支戦線で戦死し、家からは最初の空襲で焼け出された。
知り合いの糸屋が疎開する間の留守番という事で、小田急線の梅ヶ丘の家に移り住み、母と2人で暮らす。
梅ヶ丘の家の隣に住むのは大学の先生。
英語、物理、数学を俊夫に教えてくれる。
先生の娘で3つ年上で女学校五年の啓子は映画女優そっくりの美人
先生の家には庭に迷彩模様に塗られた大きな丸いコンクリートのドームがあった。
先生の家ではこのドームを研究室兼防空壕として使っていた。
東京大空襲の晩、先生の家に焼夷弾が落とされ俊夫は庭で倒れている先生を見つける。
啓子さんの姿はない。
先生は俊夫に頼みごとをする。
「18年後、1963年の5月26日の零時にここ(研究室)に来てほしい」
その後も、何か言いかけて先生はこと切れてしまった。
18年後、電機会社に就職し技術部長になっていた浜田俊夫は5月26日の零時に、コンクリートのドームから出て来る啓子と再会する。
啓子は18年前と変わらない若さで、防災頭巾を被り、モンペを履いていた…
マイナス・ゼロ:面白かったところ
戦前戦後の昭和の風景など、男目線での昭和の景色が頭の中に広がる描写が気持ちいい。
ラジオの前に正座してスピーカーを見つめながらロサンゼルス五輪の応援をするカシラ一家の生き生きとした様子とか。今ではない時間の空気感が描写された小説だと思った。
タイムマシンの 設定も凝っている。
タイムマシンを作った未来人は年の数え方を10進法ではなく12進法を使っているので、浜田俊夫は思った場所に移動できず、それがもとで数々のトラブルに巻き込まれていく。
古代バビロニア人は紀元前2000年頃には平方根や立方根を扱う高度な数学を知っていたが、60進法を使っていた。10進法はもともと人間の両手の指の数からはじまったものでむしろ原始的な発想。約数の多い60進法や、それを整理した12進法の方を未来の文明が採用していたとしても不思議はない。そういわれると、納得してしまう。
ラジオ、蓄音機、カメラあたりの描写は詳しすぎて流し読みになってしまう。
ストーリーも複雑な組み合わせになっていてとても面白い。
マイナス・ゼロ:タイムトラベルの種類
タイムマシンに乗る「機械式タイムトラベル」
マイナス・ゼロ:まとめ
- タイムマシンを使った機械式タイムトラベル
- 戦前、戦後の昭和を舞台とした和製SF
- その時代の空気感を伝える描写力が凄い
- タイムマシンなどの設定については納得させるだけの説明が作中で語られている
作者の広瀬正さんは時間をテーマにした作品がほとんどで「時に憑かれた作家」と呼ばれていたそうです。47歳で亡くなっています。「マイナス・ゼロ」「ツイス」「エロス」が直木賞候補になったものの受賞には至らなかったそうです。今手に入るものは全集6冊のみでどれも面白いのですが、「マイナス・ゼロ」が一番の傑作だと個人的には思います。