『酔歩する男』小林泰三
酔歩する男:どんな話?
血沼 壮士(ちぬ・そうじ)は、名前も場所もよく覚えていない行きつけのパブで会社の同僚と4人で仕事の愚痴や同期の思い出話に花を咲かせていました。
やがて宴もたけなわとなり、店を出ようとすると外は大雨です。
仕方なくタクシーを呼ぶことにしましたが、血沼だけ他の3人とは方向が違っていたため、先に来たタクシーに3人を乗せて、次のタクシーが来るのを一人で店の中で待つことにしました。
店の中に一人でいると、見知らぬ男が話しかけてきます。
顔は皺だらけ、服装は浮浪者とまではいかないが乱れ、つるの調子が悪いのか眼鏡は斜めになった男です。
「つかぬことを伺いますが、もしや、わたしを覚えておいでじゃありませんか?」
妙な事を聞くこの男に血沼は全く心当たりはありません。
しかし、その男は血沼の名前などをピタリと言い当て、大学時代から親友だったと言い出します。
小竹田 丈夫(しのだ・たけお)と名乗るその男が語った不思議な話は、大学院時代に親友同士だった血沼と小竹田が一人の女 菟原 手児奈(うない・てこな)を巡り争った不思議な話でした。
酔歩する男:面白かったところ
不思議系少女・手児奈は花の匂いを聴き、味を色で見る。趣味は「石のにおい」
手児奈は小竹田と付き合って別れた後、血沼と付き合った。
まだ別れていないと思っている小竹田は、手児奈が血沼と自分のどちらを選ぶか確認しようとします。
二人が居る場で答ると伝え、待ち合わせの駅に二人が向かうと、手児奈は電車にはねられ死んでいました。
大学院時代の小竹田が嫉妬をこじらせ過ぎていて痛々しい。
それから血沼がおかしくなり、クローン技術で手児奈を生き返らせるために二人で医学部の編入試験を受けます。が血沼は不合格でした。
そして30年姿を消して、戻ってきた血沼は時間逆行の研究をしていたと言いだします。
粒子線がん治療装置を使った外科的手術で、自分たちの脳の時間感覚を司る器官を破壊した血沼と小竹田の二人。
視覚情報、聴覚情報が入らない睡眠時にタイムトラベルを始めるようになります。
普通のお話ならタイムトラベルの能力があれば有利に事が進みますが、この話ではその能力がコントロールできないので二人の人生はどんどん下降線を辿るようになります。
血沼の波動関数を敢えて収束させない生活も、意識の連続性と時間連続体があまり乖離していないタイプではあるもののタイムトラベルしてると考えられますね。
難しい用語も沢山出てきますが、「シュレティンガーの猫」の思考実験だけわかっていれば読むのに支障はありません。
一度読んでからまた最初の手児奈との会話を読み直すと、ゾッとする話です。
菟原処女の伝説
登場人物の名前を検索すると「菟原処女の伝説」(うないおとめノでんせつ)という話しに「菟原」「血沼壮士」の名前が出てきます。
二人の男が一人の女を巡って争って三人とも死んでしまう伝説です。
また、コトバンクの「血沼壮士」を見ると
智弩(ちぬ)壮士ともかき,小竹田丁子(しのだおとこ)ともいう。
とも書いてあります。
酔歩する男:タイムトラベルの種類
意識型のタイムトラベル
時間の感覚器官が機能しなければ過去に戻れると信じて外科手術に踏み切った二人の男
コントロールできないタイムトラベル
酔歩する男:まとめ
- 意識型のタイムトラベル
- 時間感覚を司る脳内の器官の破壊
- シュレティンガーの猫
- ホラー小説
小竹田が手術する場面や、時間が逆行する時のたとえ話が怖い怖い。
解説を読むとラヴクラフトのクトゥルフ神話へのオマージュも入っているようで、この機会にラヴクラフトを読んでみようかなと思いました。